○組織

本学部は1984年に設立され、英文学系(英文学科)、日本語文学系(日本語文学科)、徳国文化学系(ドイツ文化学科)及び語言教学中心(言語教育センター)で構成されている。各学科が開設している課程は以下の通りである。

一、英文学系(英文学科)学士課程(3クラス及び夜間部1クラス)、修士課程

二、日本語文学系(日本語文学科)学士課程(3クラス及び夜間部2クラス)、修士課程(昼・夜間部)、博士課程

三、徳国文化学系(ドイツ文化学科)学士課程(1クラス)修士課程

2015学年度における本学部(修士並びに博士課程を含む)学生数は約2500人で、専任教員(客員教授を含む)75名、兼任教員140名、秘書、助手などの職員が18名となっている。現学部長は日本語文学科頼錦雀教授である。

 ○歴史 

東呉大学は、中国で創設された大学が1954年に台湾で再度開校したもので、当時設立された5つの学科の中に外国語文学系(英語英文学科)があり、法学部(法学院)に属していた。その後、1970年に文学院(文学部)が成立され、その下に属すようになった。 1972年に外国語文学系(外国語文学科)に東方語文組(東方語文コース)が設立され、その翌年には徳国語文組(ドイツ語文コース)が増設された。そして、1975年学科内の3コースは、英国語文学系(英国語文学科)、東方語文学系(東方語文学科)及び徳国語文学系(ドイツ語文学科)と改称された。さらに、1980年には東方語文学系(東方語文学科)は日語学系(日本語学科)に名称変更された。 1984年3月、楊其銑元学長の支援及び蔡茂豊教授(現本学部名誉学部長)のリーダーシップのもと、英国語文学系(英語英文学科)、日本語文学系(日本語文学科)(「日語学系」から改称)、徳国語文学系(ドイツ語ドイツ文学科)の3学科を有する外国語文学院(外国語文学部)が新生した。  日本語文学系(日本語文学科)は、1980年に修士課程を、1990年に博士課程をそれぞれ開設した。また、徳国語文学系(ドイツ語ドイツ文学科)は1997年に徳国文化学系(ドイツ文化学科)に名称変更し、2002年に修士課程の学生の募集を開始した。そして、英国語文学系(英語英文学科)は、比較文学修士課程の学生募集を2001年に始め、2003年に英文学系(英文学科)と改称している。 語言中心(言語センター)は1965年に設立され、当時は外国語文学系(英語英文学科)の下に置かれていたが、1983年に文学院(文学部)に属すようになり、翌年に外国語文学院(外国語文学部)が成立するとともに、そこに付属した。その後、1995年8月に大学直属となり、本学における英語の会話及びリスニングの課程並びに言語教育機器設備の企画と管理を担うようになった。2年後の1997年8月に外国語文学院(外国語文学部)の管轄下に復し、学内の外国語教育の支援を行っている。2007年に業務内容に変更があり、語言教学中心(言語教育センター)と改名した。

○教育特色と教育理念

本学部の各学科は、専門知識を有し、言語文化を正しく理解し、かつ健全なる人格を持ち、外国語を運用して社会に貢献できる人材を育てることを旨としている。

一、英文学系(英文学科) 英米文学、言語学、実用英語を平均的に学習することを主たる教育目標とする。大学4年間で、英語による聴き取り、会話、読み書きの技能をバランスよく学生に身につけさせる。そして、文学、言語学、文化の授業を通し、西洋言語の特質、人文的伝統、文化の内包を理解させ、人文的な素養と関心を有する人材を育成する。

 二、日本語文学系(日本語文学科) 学部課程では、日本語に精通し、日本の国情を熟知し、国際的視野を持って、中日文化交流を促進させることができる人材育成を目指している。修士課程は日本語学‧日本文学‧日本語教育学の研究人材及び日本語教師を養成することが主な目標である。博士課程は日本語学及び日本語教育学の研究人材育成が目標である。厳しく学業指導するのみならず、団体精神や師弟並びに学生間の倫理観念を培うことを常に重視し、国家や社会に貢献できるよう導いている。

 三、徳国文化学系(ドイツ文化学科) ドイツ語を聞き、話し、読み、書き、翻訳するという技能を培うと同時に、ドイツの人文社会科学や経済、貿易に関する知識を教授し、国際的視野や異文化認知能力を養うことを学部レベルの教育目標とする。また、修士課程においては、ドイツ語圏国家の文化を研究する能力や学際的に研究できる能力を有する人材を育成している。

四、語言教学中心(言語教育センター)本学共通の外国語教育並びにその事務手続きを担い、学内の語学教室の設備を管理し、外国語自習の支援を行っている。 

 

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